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折角だから。

diary

今日、営業の合間に時間が出来たので、なんとなく急に献血を思い立って献血センターに行った。採血のときに「血管が細すぎるので今日は無理ですね」と追い返された。くやしいのでお菓子いっぱいたべて帰ってきた。ううう。
お客さんと何気ない雑談のなかで、必ず出てくるキーワード「地震、大丈夫でしたか?」。私は本当に大丈夫だった。3月11日、埼玉の浦和で地震に遭った私は、その日帰ることが出来ず、一緒にいたカメラマンの人と居酒屋で一晩過ごし、朝になり動き出した電車に乗って帰宅できた。ただそれだけだ。会社にも大きな被害が無かったし、今は何事も無かったかのように生活をしている。
ただ、お客さんにそう聞かれた時、つづけて「ご実家はどちらでしたっけ?」と言われると状況が変わる。実家は福島です、でも家族は全員無事でした、原発は怖いですけどどうしようもないですもんね、とテンプレートの会話をする。ああ、また気を使わせてしまったな、と思う。
私は、今回の震災に関して、部外者じゃないけど被災者でもない。現地にいる人たちの不安を共有することは出来ない。でも東京で普通に生活をしている人たちに同調することも出来ない。感情が宙に浮いたまま、何もできず、ただ右往左往しているだけ。きっと被災地に実家を持つ多くの人は同じことを感じている。温度差。何者にもなり切れていない、中途半端な立ち位置。メディアや周りの人間に対する反発、もどかしさ、などなど。
だから何だという訳じゃない。ただ、人々が不安そうに原発の話をしたり、そういう場面に遭遇すると、そもそもの視点が違いすぎて会話に混ざれない自分に気づく。中途半端に情報収集して不安に思うなら好きなだけ不安がればいい。東京から逃げたいならさっさと逃げて二度と戻ってこないで欲しい。私もきっと、まったく関係の無い土地で起こった話なら、同じことを考えていたのだろうから、口には出さないし、誰かが悪い訳ではないことはわかっている。買占めしちゃうのもわかるし節電はつらいし適当にぷれいふぉーじゃぱーんとか言っとけばなんか偉い人っぽくなれるのも解る。そういうのにようやく気付いた。遅すぎた。でもきっと自分の身に起こらないと気付けないよね。だから、自分で言うのもアレだけど、仕方が無い。これからの自分の、ありとあらゆる態度に気をつけようと本当に思った出来事だった。忘れないように。忘れないように。まぁ忘れるわけ無いけど。
※ところで献血は震災とは何の関係も無い、私の趣味です。