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そうだ、カメラ買おう

何かおおきな買い物がしたい、と思い続けて2ヶ月くらいが経った(過去の日記にその片鱗が)。しかしどれもいまいちピンと来なくて、どうしようかなと思いながら目黒線に揺られ帰宅している途中にふと思いついたのは、いい加減デジタル一眼レフを買ったらどうなんだということ。なんで今まで気がつかなかったんだろう!
大学生の時に写真部に所属し、それが思いのほか硬派な部活で、いまどきのおしゃれカメラ女子を全力で否定するような輩ばかりだったこともあり、どちらかというと酢酸の匂いにまみれながらオレンジ色のライトの下にやついている若干気持ち悪い方の写真部員に成り果てていたため、昨今のカメラブームと反比例するように、卒業以来自分は全く写真を撮らなくなってしまっていた。道行く文系おしゃれカメラ女子が、ランチで食べたパスタとかケーキとか花とか空とか雑貨屋のディスプレイとか猫とか犬をミラーレス一眼とやらで写真に収めている様を傍から見て、いたたまれない気持ちになるのだ。自分は違うと思っていても、周りから見れば私もそういう女性の一人に違いなかった。それが嫌になり写真を止めた。
もっと単純な理由としては、人に見せる機会がなくなったので、撮る意味も無くなったと感じたからだった。
(写真にしろ絵にしろ、人に見せない作品には何の意味もないと思うのです)
(そう思うと大学の環境は素晴らしかった。ほっといても年に2回は展示があり、有志が集まって写真展をひらいたこともあった。そういう人たちがたくさんいた。)
(見に来てくれる人も一定数いた…。)
(地元って素晴らしい)

でも急に気がついたのは、別に「作品」でなくても良いのではないかなということだった。いままでずっと、テーマやコンセプトが先にあって、そのための作品づくりをしていたが、そんな大それたものが無くても、毎日のどうでもいいものを切り取るだけで良いんじゃないか。人に見せるための作品ではなく、単純に、記録としての写真。芸術性もセンスもいらない、ただのメモみたいなもの。でもちょっとかっこよく撮れてたら、見返した時にわたしがうれしい。その程度。
…数年前にも同じようなことを思い、GR2を購入したのだけれど、「コンデジにしては写りは良いが使い勝手が悪い」「一眼レフと比べると持ち運びが便利だが写りが悪い」…という中途半端すぎる感じになりかえって使わなくなってしまった。iPhoneのカメラの性能が良すぎるせいもあった。

たとえば私に子どもやペットがいて、成長の記録を残しておきたいという理由があればもっと分かりやすかったのだけれど、残念ながらそんな人はいない。私は私のまわりを記録することで、自分が老いていく様子を記録し、時間が経ち記憶が薄くなったころに見返したい。そういう瞬間をむかえるために、すてきな一眼レフが欲しい。価格の相場が全く分からないので、近々ヨドバシカメラにでも行こうと思います。