8月ははやい

お盆にいつもの親戚の家に行ったりなんやかんやした。

親戚の家業の話

毎年お盆に訪れるのは母方の実家。いわゆる「おばあちゃんち」。専業農家で、花き業とでもいうのだろうか、様々な花をビニールハウスで育て、花屋さんに卸している。東京の花屋で時折おばあちゃんちブランドの花を見つけることがある(タグでわかる)。シクラメン農家としてそこそこ地位を確立しているらしくかなりの高値で売られている。冬のシクラメンがメインだけど、ミニバラやガーベラ、ベゴニア、カーネーションラナンキュラスなどなど季節によってかなりの種類を育てて出荷している。…かなり儲かっているそうです。おわり

おじいちゃんの話

母方のおじいちゃんは94歳で痴呆症である。ただ、よく聞く痴呆症の家族を持つひとたちの悲惨さは全く無く、たくさんの人に愛されていて、相変わらず可愛くて素敵なじーちゃんだ。痴呆だけでなく病気をしたこともあり、いまは老人ホーム(医療介護施設っていうの?よくわからん)に入っていて、お見舞いに行ってきた。当然痴呆なので私が誰だかわかるわけも無い。子どもであるはずの私の母のことも、母の妹も弟も、わからなくなっている。それでも時折思い出すらしく、「誰だー?お?○○かぁー!!」と笑顔を見せることもある(その3秒後には「誰だー?」となる)。
そんなおじいちゃんが唯一ぜったいに忘れないのが妻であるおばあちゃんのことであり、おばあちゃんのことだけはわかる!と豪語している。おばあちゃんがお見舞いに来る時だけそわそわしてる。なんだかすてきだなーとほっこりする。おじいちゃん可愛い。

おじいちゃんの話 2

今年94歳のおじいちゃんは第二次世界大戦時、海軍であった。痴呆になる前は、戦争の話を本当に良く聞かせてくれた。おじいちゃんは、戦艦摩耶や武蔵やほかにも色々乗っていて、武蔵が敵襲にあって沈没してしまった時に、海を泳いでいるところを偶然仲間の船に拾われ生き延びた奇跡の人なのだ。
おじいちゃんは戦争仲間の同窓会にもよく出席していたし、家は戦争関連の書物で溢れかえっている。カラオケでは軍歌を歌う。痴呆になった今でも戦争に行った頃の話は忘れてはいない。私は小さい頃、憎むべき戦争という出来事に固執したがるおじいちゃんの姿が不思議でならなかった。死にかけて、辛い思いばかりだったろうに、どうして追体験をしたがるのだろうかと。そんな疑問を母親に投げかけた際、「若くて多感な時期に体験した重大なことって、その人の人生の大半を占めてしまうものなのよ。おじいちゃんにとって戦争は人生のとても大きな青春の一部分だから、切り離せないんでしょうね」と言っていて、当時は「???」だったけれど、30を超えた今とてもよくわかる。おじいちゃんのおかげで海軍に少し詳しくなって呉の大和ミュージアムで興奮しすぎて写真200枚くらい撮る戦争映画好きの孫が、ここにいます。

兄の話

久しぶりに兄と話す機会があったけれど、結婚のこととかそういう恋愛っぽい話はやっぱり相変わらずできないのであった。