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失くしたものの大きさを考える

diary

遺品整理や保険関係の処理の為に片道2時間の距離を日帰り。
幸いなことにお金の事で揉めるような人たちではなかった(そもそも揉める程の額ではない)。本当によかった。アクセサリーや着物に関しても、売ってしまうよりは、身内に貰ってもらったほうがいいのではということで、四十九日のときに親戚の方達に形見分けをすることにした。
私は、葬式が終わった後、携帯についていたキティちゃんのストラップと、いつも使っていた湯飲みも貰っている。あまり深い関わり方は出来なかったけれど、私のことを本当に可愛がってくれた人だったし、これからもっと仲良くなれるはずの人だったから、こういう形で存在を近くに感じることしかできない、贖罪みたいなもの。
あんなに逢いたがってくれていたのに、亡くなってからのほうがたくさん逢っているだなんて酷い皮肉だ。仏壇に手を合わせる度にごめんなさいと呟いている。後悔をしない生き方って本当に難しい。
もうすぐ四十九日になる。納骨が済めば少しは落ち着くだろうか。